2012年05月20日

堀美術館

名古屋市東区に、こじんまりとした美術館を見つけました。

「堀美術館」
こんな感じの外観です。↓
IMG_1760.jpg

「文化のみち」という歴史的な街並み保存エリアがあって、
この美術館もそのエリア内にあります。
マップの21番。
100_0023.jpg

「文化のみち」エリアには、いくつかの歴史的建物が残され(あるいは移築され)ています。
とても雰囲気の良い町並みで、歩くだけでも十分楽しめるエリアです。
一部の主要な建物は内部を見学でき、僕も実際見学してきましたが、それらについては後日紹介しますね。

さて、堀美術館。
全く知りませんでした。
知っていて行ったのではなく、文化のみちを見学・散策していてたまたま見つけたのです。
2フロアからなる展示室はとても近代的な設備で、ガラスケース内の作品は常に一定の条件で保存されています。
1階には、三岸節子、安井曽太郎、藤田嗣治、岡鹿之助、長谷川利行、佐伯祐三、あまり好きではないけど梅原龍三郎など、
日本を代表する洋画家の作品が展示されていました。
そして2階には、伊藤深水、東山魁夷、杉山寧、前田青邨、菱田春草など、
本当に息を呑むような研ぎすまされた日本画が展示されていました。

小さな美術館ですが、十分に見応えのある作品が展示されていました。
僕が行った時にはほとんどお客さんがいなくて、展示室ごと独り占め!。
個人的にはラッキーな話です。
普通の美術館では、ある程度、他のお客さんにも気を配りながら作品を鑑賞しなければなりませんが、ほぼ“独り占め”状態だと好きなだけ見ていられます。
時々、なんだか変な感嘆のうめき声とか出しても、周りに気を使わなくていいですからね。(別に変な人じゃないですけどネ・・・笑)
普通の美術館では、そういうのをみんな内に秘めて鑑賞しなければなりませんが、
ほぼ独り占めだと、なんか声が出ちゃうんですよね、う〜ん!とか。
で、おまけに1人で絵の前でニヤついたりしてて、
でも、そんな僕を見てるのは、一緒に来ているうちの奥さんだけですから大丈夫なのです・・笑

今回の展示作品の中では、
伊東深水の作品が最も印象に残りました。
見ればみるほど、その表現力に魅入るという感じでした。
どの絵もですが、
もう、上手いとか、線や色彩がどうとかではなく、
本当に研ぎすまされた空気が表現されている気がするんです。
ちょっと緊張したモデルの動き、プロフェッショナルなモデルの動き(踊りなど)、
澄んでひんやりした朝の空気、動物の躍動感など・・、
どの絵を見ても、日本画家の表現力のすごさに感動します。
西洋の人が憧れるのも、わかる気がしますね。
本当に、世界に誇るべき日本の文化だと思います。
でも、僕を含めてですが、
あまりにも全てが欧米化しすぎて、
こうした日本独自の文化を日本人自身があまり大切に思っていない気がします。
ちょっと残念ですね。
また、
世界に三十数点しかないフェルメールの絵が来る!とか、
もう2度と公開されないであろうバーンズコレクションを見られる!とか、
そうした企画展にはいやというほど人が来るけれど、
この天気の良い土曜の午後に、
まちの小さな美術館が“僕の独り占め状態”になっているという現実は、
ちょっと切ない気がします。


堀美術館。
本当に近いところにある美術館なので、これからも足を運ぼうと思っています。
良いところをみつけました!






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posted by yama at 23:41| 愛知 曇り| Comment(0) | 鑑賞レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月04日

北斎展

松坂屋美術館にて、『北斎展』を見てきました。

言わずと知れた“葛飾北斎”の展覧会です。

北斎といえば、富嶽三十六景の赤富士の絵や波の絵などが有名ですね。
多くの人が、まずはそれらの絵を思い描くと思います。
そして、今回の展覧会ではそれらが全て見られます。
僕自身は、これらの本物を見るのは初めての経験でした。

版画は、あまり大きなサイズではないので、近くで見るのが基本です。
それでも北斎の絵は、時折、洋画をみるように離れてふと目を向けても、強烈なインパクトで迫ってくるものがありました。
北斎は、フランスの印象派以降の画家たちにも影響を与えたと言われていますが、
それもうなずける気がします。

また、今回の展覧会で特筆すべきは、多くの肉筆画(直筆の絵画・原画)が展示されていたことです。
調べてみると、北斎自身は肉筆浮世絵にも傑出していたようなので、特に驚くことではないのかもしれませんが、
僕自身は浮世絵師が描いた肉筆画を見てみたいとずっと思っていたので、ちょっと驚きました。
というのは、浮世絵版画では、彫師が原画を板に直接貼って彫るので、原画が残っていないという話を聞いたことがあったからです。
でも、北斎の有名な波の絵や赤富士の原画を見たらどんな感じなんだろうかと、ずっと思っていました。

もちろん版画の原画は展示されていませんが、かなりの数の肉筆画が展示されていました。
それらを見て感じたのは、
北斎の筆の確かさもさることながら、
それよりも、
“彫師の技術がすばらしい”ということです。

版画ですから、どんなにがんばっても原画を超えることはできません。
つまり、原画の持つ様々な情報の何割かは、版画にした時点で失われてしまいます。
これはやむを得ないことです。
それでも皆が感銘を受ける北斎の絵のすごさ、そこには彫師の腕のすごさがあるのは事実でしょう。

北斎の原画は、たしかに素晴しいものでした。
でも、版画を見ても、それほど大きな劣化を感じなかったのです。
現代では、シルクスクリーン版画などを画廊でよく見かけますが、
僕はその版画と原画との歴然とした差を何度か目にしたことがあります。
現代の技術で、しかも写真製版で製作されている版画でさえ、
原画との差は歴然としたものがありました。
それに比べて北斎の版画の出来は本当にすばらしいと思います。
ただ、浮世絵版画は、はじめから版画とすることを前提に制作されますから、実は原画は“線画”として描かれるのが原則のようです。
したがって実際には、引き合いに出した現代のシルクスクリーンとは前提条件が全く異なるのです。

むしろ浮世絵版画は、北斎のような絵師と、彫師、そして摺り師によるコラボレーション作品だと捉えるべきなのでしょう。
3者の技術が揃って初めて実現される作品なのですね。
北斎は、風景画揃物としての富嶽三十六景とは別に、3巻からなる絵本としての『富嶽百景』も出版しています。
この作品で北斎は、絵毎に彫師を自ら指名しています。
このことからも、版画になって初めて実現される作品であることを北斎自身が意識していることがわかりますね。
この『富嶽百景』の絵には、それぞれ彫師の名前が刻印されています。
それは、今回の展覧会でもご覧いただけますよ。


今回の『北斎展』、5月22日までです。














posted by yama at 10:32| 愛知 曇り| Comment(0) | 展覧会レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月03日

ウィキッド

5月3日、新名古屋ミュージカル劇場にて『ウィキッド』を鑑賞しました。僕は、ミュージカル鑑賞には全く縁がない日々を過ごしてきたので、これが初めての体験でした。

全体的な感想は、“本当に良かった”です。
ストーリーに感動というよりも、単純に“あの場”が、“あの時間”が楽しかったという気持ちでした。
その意味では、ストーリーの力や演出の妙味だけではなく、今日の全ての演者の皆さんが、そうした空間を作ってくれたのだと感じています。
僕は、鑑賞した作品の世界にあまり入り込んでしまうと、しばし口がきけなくなり、現実に戻れなくなってしまうことがあるのですが、今日はそうした感覚よりも純粋に“楽しかった”という気持ちでした。
それはまるで、親友たちと過ごした時間のようでした。

そういう気持ちになったのには、おそらくストーリーにも原因があると思います。
それは、この物語に、絶対的な悪人(悪なる存在)が出てこないということです。

このミュージカルを見ていない方は、
え? 悪なる魔女“ウィキッド”のお話なのでは? と思われるでしょう。

人間社会ではよくあることですが、
一見“絶対悪風”な存在は、社会が作りだした虚像なのです。
このストーリーでも、ある1つの事件を除いては、基本的に“絶対悪”など存在していません。(1つだけ、やりすぎちゃったなあと思える事件がありましたが、まあそれはさておき)
だから、個人的には、1名を除いてみんな憎めない奴でした。(笑)
しかし、絶対悪の虚像は、もちろんだれがか作為的に作りあげたものです。
そういうことをする“小悪人”は登場しますが、
むしろ本当の問題は、小悪人が発したメッセージを、一般大衆が“増幅”させてしまうことです。

今日よく“風評被害”という言葉を耳にしますが、これも基本的には同じ仕組みですね。
この被害には、絶対的な加害者は存在しません。皆が少しずつ加担しているだけなのです。
でも、この力は甚大です。

そういう視点で見てもおもしろいストーリーだなと感じました。
みんな、ウィキッドと戦い、捕まえようとしているけれど、
本当に戦うべき敵って、この物語の世界のいったい何処に存在しているのだろう?
・・と、
そんなことを考えながら見ていました。
なんだか現実の社会にも、そういうことってありますよね。


あとは、演出の無駄の無さ、展開のスピード感、所々に織り込まれたコミカルなやりとり(これは半分アドリブかも??)
など、どこをとっても楽しめるステージでした。

それと、もう1つ初体験。
たぶんあれが、いわゆる“スタンディングオベーション”なんでしょうか?(この世界に疎いので自信ありませんが・・)
カーテンコールの際、立ち上がる人がどんどん増えていき、
拍手は鳴り止まず、
(おそらく)予定していた回数よりも大分多くのカーテンコールをやられたのだと思います。
だからきっと、経験の少ない僕だけでなく、他の観客の皆さんにとっても素晴しい公演だったのだろうと思います。


いやあ、劇団四季、いいですね。
また、楽しみが1つ増えました。






posted by yama at 23:50| 愛知 晴れ| Comment(0) | 鑑賞レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする